恩師と登山と友人の来日

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月1回更新のノルマを果たさねば…

何もなさそうで色々あった11月。
ハイライトは登山でした。
尊敬する恩師と県内の小川町と東秩父村にまたがる笠山へ。
6月に1度チャレンジしたものの雨と寒さで登山前にギブアップした。
天候に恵まれた11月にリベンジを誓い、今回果たすことができた。

登山前の道ですら険しく、口から呼吸をして悲鳴をあげていたが、いざ本格的な山道を辿ると肺が登山用にチューニングされたように整っていった。悲鳴は収まらなかったが。
滅多に登山しない身体ゆえ、足取りは重く、恩師の軽やかな足取りにはなかなか競り合うことができなかった。
台風19号の爪痕が随所に残る山道を辿り、笠山山頂を目指す。
登山中の記録が無いのは、余裕が無かった証拠。

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9時過ぎに登り始めて、11時過ぎに登頂。
頂上から見える景色は、普段自分が暮らしている下界。
そもそも登ろうと思ったきっかけも、普段家や道すがらに下界から見あげるおっぱいのような形の山に興味を持ったから。
私から見たあなたはこうみえるけれど、あなたから見た私はどう見えるのだろう…そんな青春じみた疑問を身体を使って答えを導き出した感じ。
天気にもよるけど、下界はガスってました。

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笠山で腹ごしらえをして、隣の堂平山を目指すことにした。当初は笠山だけの予定だったので、このまま下山するのも良かったが、ハイキングルート的に近いことから目指してみることに。
笠山山頂からみた堂平山はとても広大で、遠くに感じられ怖じ気づいたが、せっかくなので登ってみた。まさにハイキングハイテンションがもたらした勇気。
笠山の崖のような道を下るとあっさり堂平山入り口に着く。登山道も笠山に比べると険しさが和らぎ、足取りも重くない。
他の登山者と挨拶を交わしながら、登ると、開けた景色がみえる。
オーシャンビューならぬマウンテンビューである。
好天に恵まれ、アルプスを思わせる高原が輝いていた。
もっとも、ここはグライダー屋さんの私有地で整備された土地であったが。
この景色をみた爽快感と達成感は、登り切った者が味わえる特権だと思う。
ひとしきり景色に興奮したあと、クルマを置いた場所まで戻ることに。時刻は1時45分。

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堂平山の入り口まで降りて、ハイキングルートに沿って下界を目指す。
先の台風や雨風により、道しるべが消え去っている箇所もあったが、なんとか険しい山道を下ることができた。途中、熊出没注意という看板をいくつも目にし、実際に餌食にされたであろう若い鹿の白骨と、漂う獣臭に熊の居る恐怖を味わった。熊除けとして、持っていた棒を樹木に打ち付け、しきりに警戒した。
整備されたアスファルトの道にでると、安堵した。
人が作った平らな道がどれほどありがたいかを実感。
路線バスの終点地点に着く。みるとそこは「帰れマンデー」で中井貴一がゲストでロケした場所だった。
テレビで見た道であれ、知っていると安心感が違う。
終点地点から、クルマを置いた場所までおよそ4Km。道に沿って流れる槻川の台風の爪痕を眺めながら歩く。永遠に続くと思われた険しい山道も、気づけば路線バスのルート。身も心も歩くことに集中すると、普段は考えない問いに向き合えて楽しかった。恩師は脚の痛みを訴えつつも体力があり、話は尽きなかった。バイタリティの面でも本当に尊敬している。
4時過ぎには駐車場に着き、登山の旅は終わった。万歩計を見るとこの1日で13km近く走破し、自分の足跡が記録になって残る喜びを噛みしめた。
本当に登って良かったと思う。一人では無理だったと思う。恩師に心から感謝。

今月の終わりには、2012年のオーストリアのサマースクールのときに一緒だったスペイン人の友人が、単身来日し、酒を酌み交わした。
待ち合わせ場所でお互い右往左往して、人違いをしながらも、池袋で再会した。実に7年ぶりである。
適当に入った居酒屋でお互いの話をした。彼は今は俳優をやっているという。一つの職にとどまらないヨーロッパ人らしい生き方だ。はるばる日本の地へやってきたことに敬意と感謝を表したい。相変わらず口説きモンスターだったが、それも安心材料だった。
私のどうしようもない英語やスペイン語に対し、彼はとにかく真剣に聞く。彼は日本語もたくさん使う。間違っていてもかまわない。「独身」を「刺身」と間違っていてもだ。
間違っていても臆さない。正しい言葉を覚える姿勢に頭が下がった。
私は、ほとんどI think so だとか知ってる英語総動員して撃沈してたのに。見かねたのか、仕舞いには彼は話した後にDo you understand?と付け加えるようになった。ジェスチャーで「ちょっと」と返すしか無い。悔しさと恥ずかしさはお酒がなんとかしてくれた。
別れの時は、俳優の泣く演技ではなく、彼は本当に涙を流したと思ってる。どこまでも情熱的である。
以前チャットで何回も日本に行きたいと言ってきた彼。原子力発電所の事件の後も放射能を心配しすぐに来れなかったが、今回この地を踏んでくれた。
私もいつになるかはわからないが、スペインに訪れたいと思っていて、再会を果たしたいと思っている。再会の暁には、彼におごってもらうつもりでいる。

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